「人生は一度きり。やらないよりもやって後悔」。ブランクを経て選んだ3×3の舞台―#71小池真理子<Koike Mariko>―

新たに『TOKYO DIME』にジョインした小池真理子選手。高さとシューティング能力だけでなく、大学時代に鍛えられたオールラウンダーとしての側面も魅力です。そんな小池選手は、第一線を退いてから5年間のブランクを経て、再びバスケを再開しました。“苦しさ”を知るからこそ今の“楽しさ”がある。再びバスケットボーラーとしての歩みを始めた小池選手の思いを聞きました。

©TOKYO DIME

現在は“試行錯誤”の日々

―2019シーズンより『TOKYO DIME』に新加入を果たした。

「昨シーズンまでは、『SANKAK』というチームに所属して3×3をプレーしていました。元々は、シーズン開幕前にDIMEと迷っていたのですが、一番最初に声をかけてくれたSANKAKでプレーすることにしたんです。ただ、開幕後は苦戦の連続で。(昨年8月の)ラウンド4では優勝という形で終えることができたものの、総合順位は最下位。シーズン終了後、来期もSANKAKでプレーするか、もし何か縁があればと考えていたところに、再度DIMEからオファーを貰って。総合優勝チームからのオファーは素直に嬉しくて、自分の力を試してみたいと思ったんです。

プレーに関しては、シュートが得意ですが、身長も高い方(178cm)なので、ミスマッチの時はインサイドでのセンタープレーや、ポジショニングからのバックシュートなど、相手ディフェンスの状況や高さに応じて臨機応変にプレーしたいですね」

Photo:Naoto Yoshida

―WJBL(※1)引退後、5年間のブランクを経て、2018年から本格的にバスケを再開。ブランクが長かった分、目下、身体感覚を戻す只中にある。

「(引退する時は)正直『もう一生バスケをやらないだろう』と思ってやめたんです。実業団でのバスケが、メンタル的にもフィジカル的にも苦しかった。引退した後は自宅にボールもバッシュもなかったくらいです。バスケを再開するまで5年間のブランクがあったので、今はまだ体を戻していく途中ですね。実業団時代は毎日バスケだけの生活でしたが、今、平日はフルタイムで仕事をして夜にトレーニング。全く環境が異なる中で、いかにコンディションを整えていくかはまだ試行錯誤の日々です。時間が足りないと感じる時もありますが、時間は自分で作るものなので、どうやりくりしていくかが課題です」

※日本の女子バスケットボールトップリーグ

「自分にできることは、やはりバスケでした」

―小学校のミニバスから、中学校のバレー部を経て、八幡浜高(愛媛県)から本格的にバスケを始めた。

「女子の運動系のクラブ活動がミニバスしかなかったというのもありますが、体を動かすのは好きだったので、楽しかった記憶しかないですね。でも、中学校ではバレーボール部。小学校に入る前まで、母親のママさんバレーに連れて行ってもらって、そばで遊んでいたんです。そんな体験もあって、バレーにも多少興味を持っていたんですね。今、3×3をプレーしているのにおかしな話ですけど、身体接触が苦手で、ネット越しでプレーするバレーを選んだ面もあったと記憶しています(笑)。

バレーは面白かった。ただ、いかんせん練習が厳しくて…。高校では、続けるつもりはありませんでした。その頃は学校の先生になりたいという思いもあったので、勉強にも力を入れようと、高校は普通科に入りました。身長もあるので、当然バレー部、バスケ部から勧誘があるわけです。『本気でやりたくはないけど、やるならバスケかなぁ…』と思っていたら、ミニバス時代に相手チームにいた子たちが同じ高校に入っていたんですね。そんな縁もあって、半ば誘われるようにバスケ部に入りました。とはいえ中学校3年間のブランクがあるので、私だけ別メニューで練習を開始しまして。徐々に感覚を身に着けて試合で使ってもらえるようになると、楽しくなってきて、もう勉強もそっちのけで(笑)。

高校最後の年は、インターハイ予選で県ベスト4、四国総体で準々決勝敗退。それでも、国体の代表に選んで頂いて、愛媛県がベスト8。

当時は大学入試直前でしたが、勉強にも身が入らない。進路に悩んでいた矢先、男子バスケ部の顧問の縁で、鹿屋体育大学の推薦入試を受けられることになりました。国体でのベスト8が、鹿屋体育大学の推薦基準をギリギリ満たすものだったんです。結果的に、推薦入学が決まって、大学でもバスケを続けることになって。当時は、鹿屋がインカレ(全国大学選手権)で準優勝するような強豪だとも知らず、入ってから苦労することになるのですが…(笑)」

©TOKYO DIME

―高校時代はほぼ無名ながら、国民体育大会での実績が認められて強豪・鹿屋体育大学へ。1年次からレギュラーに抜擢された。

このサイズで外のシュートも打てたことで、大学1年生から起用して頂いていました。実力も伴っていないので怒られてばかりでしたが、監督は使い続けてくれた。『3ポイントシュートを毎日500本打ったら日本代表になれるぞ』と言われたのですが、打てていないとすぐに見透かされて怒られて。それでも、毎日打つようになったら、最終的に日本代表(4年時にユニバーシアード出場)にまでなれた。力のない私にアドバイスをし続けくれた監督の存在は有難かったですね。大学時代は、ポジションの縛りがあまりなかったので、一通りのプレーを経験してきました。それは今になって、明確なポジションのない3×3で生きているのかなとも思いますね」

―大学卒業後、WJBL『トヨタ自動車アンテロープス』に入団するも、度重なる故障や病に悩まされ、3シーズンを経たのち、引退を決意した。

「(ラストシーズンとなった)3年目は、先天性の心臓疾患(発作性上室性頻拍)の手術をしてから、立て続けに2度怪我に見舞われて。引退を決意したのはオールジャパン(全日本バスケットボール選手権)の時でした。試合前日のチーム練習時に、地力で歩けないほどの捻挫をしてしまって。ワンシーズンに3回も故障すると、なかなか立て直すのが難しかった。結果的に、トヨタは全日本で優勝するわけなのですが、私と同じポジションの選手が大活躍したんです。それを私はベンチから眺めていて、『もうやめよう』と」

©TOKYO DIME

―3×3と出会ったのは、徐々にバスケへの思いが再燃しつつある最中だった。

「5年間のブランクの後半2年間は、ダイエットのために遊び程度にバスケをプレーするようになっていました。ジム通いやランニングもしたのですが、楽しくなくて。自分にできることは、やはりバスケでした。最初は体が重たくて走れない、跳べない、シュートも入らない。でもやっていくうちに楽しくなってきて、遊びのバスケから、5人制のクラブチームにステップアップして、更に昨年、3×3の女子リーグが発足するタイミングで、声をかけてもらったんです。

3×3は5人制とは全く違う競技でした。ボールも、ルール(ワンゲーム10分、21点ノックアウト方式)も違う。逆に4ピリオド制の5人制と比べて10分だけだから楽なのかなと思っていたら、ものすごくキツかった(笑)。5人制が有酸素運動で、3×3は無酸素運動、みたいなイメージでしょうか」

「苦しい時にも意味はある」

―一度はボールも見たくないほどに気持ちが離れた。そんなバスケが、今では心の拠り所となっている。

「実業団時代のチームメイトと話すと、『私だったら絶対続けられない。よくやってるよね』と言われます(笑)。平日仕事をして、土日は休まずバスケ。なんでプレーしているかと言えば、やっぱり楽しいから。ストレス発散だったり、気分転換だったり。今の私にとっては、バスケが生活の中心になっています。だから、勝っても負けても、バスケを楽しみたいんです。とはいえ、5年前に一度やめた時は、またプレーしている自分なんか想像もできませんでしたけど…。

バスケから完全に離れている間、芸能スクールで受付事務の仕事をしていたんです。そこでは、3歳の小さい子から学生や大人の方など、年代問わずダンスや歌を頑張っていて。目標に向かって頑張っている子たちの姿が楽しそうで、キラキラしていて。昔は自分もそういう立場だったんだな、と思い出して。当時は目標もなく、ただ毎日仕事をこなすだけの日々。芸能スクールの生徒たちに刺激を受けて、もう1回何か頑張りたい、という時に、色々ときっかけが重なったこともあるのかもしれません。

実業団時代の経験は苦しかったけれど、結果として今の自分に生きています。あの時以上に苦しいことはないと思っているので、苦しいことがあっても思い出して乗り越えられる。振り返って考えれば、“苦しい時にも意味はある”かな、と」

―バスケを通して伝えたいことは“雑草魂”だという。

「私はバスケに関してはエリートではありません。だから、“雑草魂”という面では自負があるんです。そんな私でも3x3PREMIERの舞台で戦える姿を見せたい。今はチームの連覇に貢献したい一心です。恩師や周囲の方々にも恵まれて、バスケを通じて人として成長することができました。3×3プレイヤーとして、日本のバスケを盛り上げることが、私にできる恩返しなのかな、と思っています。

以前は、上手くできなければ、経験の面で劣っていると卑屈になる時もありました。でも私自身、今はこうして楽しくバスケができている。よく人に言うのは、『人生1回なんだから、やりたい時に、やりたい所で、やりたいことをやる』ということ。そういう“勢い”も大切なのかなと思っています。“やらないよりも、やって後悔”の方が良いのかな、なんて」

(Text:Naoto Yoshida)

Photo:Naoto Yoshida

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